社会学的ラブソングアーカイブ

はてなダイアリー終了に伴う「社会学的ラブソング」アーカイブ。

モノとフィクション

緒形拳はねぇ、「ギフト」というドラマの時が一番格好良かった。
でもこのドラマは再放送にもDVDにもならないと思う。
当時、中学生がドラマの真似してナイフ持ち歩いて人を刺したから
・・・という記憶がある。


「理解の範疇を超える出来事」には「理由」をつけたい。


もしそれが”世間一般”から外れたモノを好むなら、
そのモノとの関連を強調したい。
ホラー好きな人の犯罪は、ホラーとの関連性を、
ゲームにド嵌りした人の犯罪は、ゲームとの関連性を、
ゴスロリを着る人の犯罪は、ゴスロリとの関連性を。
・・・安易過ぎないかい。
私が一家惨殺したら、ロックの所為にして「怖いねぇ」って
言ってくれるのかしら。
変なん聴いてるからねぇ。
モーサムの「You're Rock'n'Roll」愛聴しとるけど、無視かな。
もし時刻表片手にアリバイ作って逃げたなら
西村○太郎の所為にして、大々的に報道してくれるのかしら。
うちに一杯、本あるからねぇ。どぉ?


結局、そのモノ自体が悪いというよりも
「それがフィクションである」という認識が出来ないのが
問題なのでは。
センセーショナルに報道される奴の何十倍も、そのモノを好む人は
居るけど、別に悪い事はしてないっしょ?
ゲーム好きもゴス系着る子も友達に居てるけど、何もせんよ。
この話は大学時代のレポートのネタにもしましたけど。
その時は「あくまでもフィクション」という「枠組」が
形成せなあかんのと違うん、というオチをつけた。
恐らく形成出来ない心理というのもあるだろうが。
(そこら辺は専門家の出番でしょうけども、色んな解釈されるん
 でしょうな。
 ただ、法の上でそれを悪用・拡大解釈したらあかんと思う。)


一方、”世間一般”側はモノと出来事を「枠組」に押し込んで
「怖いねぇ」で他所事として片付けてるのかもしれない、と思う。
高校の時は漫研に入ったつうだけでシカトされました*1
漫研→オタクが居る→某凶悪犯や宅○郎みたいな奴が居る」
という連想で、「キモい」とされていた様です。
居ねぇつったけど、押し込んで片付けてお終い、聞く耳持たず。
(他に原因あったんやろうけど、全部これで片付いたからねー)
その想像力の貧困さも、どうかと思うんですけどね。


つか、思春期にそうやって蔑まれたのが人格形成に影響して
”世間一般”に蔑まれている、と妄想するようになって
猟奇殺人に走ったらどーするんだろ。
シカトこいた奴らは御咎め無しっすか。
モノの所為にするなら、こいつらも「モノ」と似たよーな影響を
与えていると思うが。
モノは「怖い怖い」で、こいつらはスルーなのか。


そんな私怨はどうでも良いわ。焦点ボケてしまうわ。
フィクションをフィクションと捉えられない。
受け入れられない出来事を、安易に受け入れられないモノの所為にする。
どっちも想像力が欠落してる点では大差ないよねぇ。
うーむ。

*1:主犯4人のうち、3人は未だに名前覚えてますよー(笑)